かつては広告媒体の1つだった「のれん」

のれんは日差しや風、人目をよけるために作られました。
それが室町時代になると、お店の屋号や意匠を入れるようになり
江戸時代には文字が入り広告媒体としての機能を果たします。

のれんというのは日本で始まった文化ですが、
実は他の国では見かけることがありません。

ヨーロッパはもちろん、文化が近い中国やアジアなどでも
見かけることはないでしょう。

文字が入るようになったのは、一般市民の識字率の高さによるものです。
せっかく広告をしてブランディングしても、読めなければ意味がないからです。

ブランディングの成功には、文字が読めるという今では
基本的となったことが下地となっています。

暖簾

開店とともに店先に出し、閉店となると仕舞うという
手軽な使い勝手ながら、お店が開いているのかどうかが
一目で分かる優れものです。

屋号などを染め抜いた独特のデザインが特徴で、
今でも銭湯などで湯と書かれたものを見かけたことがある人も
多いのではないでしょうか。

銭湯では男女の区分けをする目印としても使われていて、
脱衣する場所が人目にさらされないようにするための工夫もあります。

ゆのれん

日本の歴史とも言える存在が、現在にも受け継がれているのは
伝統と言えるだけでなく文化です。

暖簾の色に込められたメッセージ

のれんは店先にあるものというイメージがありますが、
実は色にはメッセージが込められています。

昔は今のように好きな色で染めるということができませんでした。
それは染料が限られているためです。

染められる生地などにも限界があり、初めのうちは
麻布に染めやすい藍を使うのが一般的でした。

だんだんと染色技術が発達すると、かちん染めといって
赤などの色も使えるようになります。

藍のにおいは虫が嫌うと言われており、呉服屋や手堅い商家が使用する色でした。

かちん染めで作られた柿のような赤い色は水商売で使用されていましたが、
だんだんと他の業種にも使われるようになります。

白地に店名などを染めるのは菓子屋に利用されていましたが、
これは白い色が砂糖を連想させるためです。

茶色はタバコや薬、種や苗などの業種に使われている色でしたが
だんだんと使用される範囲が広がり、茶舗などでも使われるようになりました。

ただ、紫色は禁色といってのれんには使ってはいけない色でした。
紫色は本来、高貴な色であるために、一般庶民が使ってはいけなかった
からなのですが、江戸時代後期になると、借金を返済するまでは
この色にしなければいけないという決まりがあるという
おもしろいエピソードがあります。

こういった歴史を知った上でのれんを使ってみるのも面白いものですね。